総合討論

(司会)論点提示・説明

総合討論に入る前に論点として3つ述べたいと思います。

     論点1.膜処理技術(MBR)は特別な技術か? 

     論点2.日本は水不足か?  

     論点3.膜処理水はどのようにリサイクルするのか?    

論点1の膜処理技術は特別な技術かという点ですが、建設省土木研究所では昭和48年当時既にRO膜研究をしていた。その後、30年余り時間が経過しているが、MBRは国内で普及がみられず、逆にアメリカやEU諸国で普及が進んでいるのが現況かと思います。今後、わが国ではMBRが積極的に採用されていくのかということですが、課題の一つには、MBR下水道法施行令の「構造の基準」が定められていない点にあります。このため、MBRはオールジャパンで採用できる技術となっていません。課題の二つ目は、MBRの建設費や維持管理費が高いのではないのかという点です。課題の三つ目は、実用例として13/日の小規模に採用されているが、1〜10/日以上の採用は無く、大都市・大規模化には向かないのかという点です。

論点2の国内では本当に水不足なのかという点です。水資源賦存量で考えますと、水資源白書によると1956年から調査をしているが、経年的に確実に減っていることが判明しています。二つ目に水使用量がどうなっているのかということですが、白書によると生活用水はほぼ横ばい、工業用水は回収率の向上により下がり気味、また農業用水は食料を輸入に頼るようになり年々減ってきています。

論点3の膜処理水はどのようにリサイクルするのかという点です。この点を考えるにあたっては、一つ目として処理費用の負担はどうなっているか。二つ目として処理水質はどうか。三つ目として直接利用か間接利用か。四つ目として地下水涵養(地下注入)はどうかなどの問題を整理していく必要があると考えます。

 

(質問1)下水処理場では膜処理技術の導入はどのような場合に有効になるのですか?

(答1 村上部長)MBRは従来法と比較して、沈殿地が不要となり敷地面積が少なくコンパクトにできます。大腸菌群が通過不能となり滅菌を不要にできる特徴もあります。また、MBRは高度処理を伴うものであり、N除去が従来法の半分の時間で可能になります。全国の処理場は建設時から30年以上経過し改築更新時期に差し掛かっているが、下水道法改正により地域によっては改築更新の際、高度処理化が要求されるため、敷地面積に制約がある場合にはMBR導入が有効視されます。

(答2 山本教授)MBRは、日本では、元々、ビル排水の中水道の処理技術として利用されてきました。ビル地下の狭い空間でも装置を組み立てでき、再利用できる良好な水が得られることがメリットです。その後、カナダでゼノン社の浸漬型のMBR、中空糸膜が開発され、カナダでは電気代が安いため、電力量が多くても再利用できる良い水を得る観点から、既設処理場の改善に採用されたことがきっかけとなって広く欧米でも採用されるようになってきました。この技術の特徴は、処理水質が安定的で優れ、塩素消毒も場合によっては不要で、また既設処理場では、沈殿池をなしにして敷地面積が少なくてすむコンパクトな施設配置が可能となる点です。これらが、下水処理では評価されている点であり、小規模施設では再利用が期待されます。

 

(質問2 長崎市では水不足が常態化しており、MBR技術により下水処理水を工業用水へ利用できる可能性はないのですか。

(答1 山本教授)全国的に工業用水は水余りの状況下にあります。日本での現状の課題は、工業用水を水道水にいかに転換していくかであり、現在、新しい水資源プランとして検討が進められているところです。従って、現段階では下水処理水を工業用水として活用するのではなく、工業用水を膜で処理して色々な用途に使用できるようにするほうが早くて安価であると考えられます。

(質問3用語としての高度処理とか超高度処理について説明して頂きたい。

(答1 村上部長)高度処理はSS等の固形物除去以外にNP除去を目的にしています。また、超高度処理とは、高度処理水質以上に難分解性の有機物(COD)や色素を除去するとか、PPM以下の微量物質の除去を念頭に考えています。

 

(質問4)これまでの議論を聞いていると、長崎の住民にとっては、水に対する感覚が異なるように思えます。長崎では山林が少なく水も無く、この結果、工業誘致が進まない。地元雇用の点もあって、現在ダム建設計画が進んでおり、当県では水の確保が大きな問題となっています。下水処理水を工業用水に利用できれば良いと考えるが、現在、技術的に使用できるレベルにあるのか、また、地元の要望があれば採用できるのか教えて下さい。

(答1 山本教授)技術的には、シンガポ−ルの事例でも示しように十分可能です。ただし、処理コストが課題となります。

(答2 村上教授)採用に当たっては処理コストが重要となります。事例としては、カリフォルニア州で大体40/㎥弱、シンガポ−ル3040/㎥です。長崎は、ハウステンボスでも海水を淡水化し、下水はUF膜で中水道として使用している先進県でもあります。

(答3 村上部長)下水処理水を工業用水として再利用している事例は相当数あります。ただ、送水距離など企業の立地条件や使用する水質レベル、使用水量などの条件が合致することが必要となります。企業によっては、処理水をそのまま受けて工場側でさらに高度処理して利用している事例もあります。

 

(質問5電力消費量ですが、3,000/日規模で、OD法で0.6 kWh/㎥、MBRで現在1 kWh/㎥位が、近い将来0.8 kWh/㎥位に低下すると理解してよいですか。

(答1村上部長) MBRは、現在で0.8kWh/㎥位に達しているが、将来的には0.5 kWh/㎥まで下げられると考えています。現実に、空気量は、以前の50%程度にまで削減されています。

(答2山本教授)私は現行の1/10以下に下げる必要性があると考えています。0.5 kWh/㎥は、エアレーションやモジュールを工夫すれば簡単に実現できます。地球温暖化が重要視される中で他処理法でもエネルギ−削減が進むと考えられ、MBRでもエネルギ−消費量を一層下げる取組みが重要です。

 

(質問6司会が提示した3つの論点に加え4点目に集中と分散を入れ議論して頂きたい。例えば電力は、柏崎原発など遠隔地で集中的に大量発電し東京へ延々と送っているが、最近では燃料電池の技術も進み分散型の発電もペイする時代となりました。下水道で大規模な流域下水道が進んだ理由は、都市に広大な土地確保が難しい事や処理水を放流する河川が無い事です。しかし、MBRはビル内で処理して再利用することが可能で、これまでの下水道システムを根本的に見直す事ができる技術と考えるがどうですか。

(答1 山本教授)全く同感です。MBRの登場により下水道でもやっと分散化のシステムが可能となりました。浄化槽、農集、下水道などと分類せず下水道として一括して位置づける時代だと思います。下水道側では、浄化槽などに対し、水質が悪い、測定していないなど強い不信感があるが、MBR導入によりメンテナンス問題は解決できます。使用者が見て濁っていると判断しすぐに連絡できるMBRのシステムは作ることができます。また、分散型コミュニティの中で、排水をバイオマスとして捉えエネルギー回収まで持っていくシステムは、技術的に可能となっています。さらに、都市の中の地下水ストックを真剣に考えるべきで、膜を使えば処理水による地下水涵養が可能となり、浅い井戸水を都市の熱管理に効果的に使うことができます。私の家でも夏場には屋根の散水に地下水を利用しており、確実に外気温より2℃下げる事ができ冷房は使いません。都市には水と風の設計が必要で、そのための水は膜処理水であれば安心して供給できます。このように分散型を最大限に使って都市の更新を考えるべき時代になったといえます。

(答2 村上教授)全国的に地下水は上昇傾向にあり、現在、地下水利用の見直しが始まっています。地下水は飲み水に利用するのが理想的とされており、浅い井戸水をもう1回見直して、病院や学校施設に耐震性の膜処理を導入しておけば、コストが安くまた震災時に利用できる拠点作りができます。今、このような都市の地下水に着目した研究が進んできています。

 

(質問7MBRが法律的に下水道法施行令で認知されていないが、今後はどのようになっていくのでしょうか。

(答1 村上部長) 国交省でも膜処理技術会議が設立され、普及に力をいれようとしており、下水道法施行令の別表に導入するべく、近々作業が始まると聞いています。分散型の話であるが、従来、分散型が採用されない理由には、水質の担保と維持管理箇所が多くなりどうするかという課題がありました。しかしMBRは、殆ど無人運転で安定した良い水が得られることから、下水道未普及対策でも有力なツ−ルになってきています。

 

(質問8)途上国の水問題は深刻です。特に地下水盆の管理、地下水循環が課題となっています。地下水を汲み上げる権利は、地主、ポンプ施設を持っている人にあり、サスティナブルな管理、パブリックな管理が難しい。パキスタンのネスレのように地下水を汲み上げ莫大な利益を受けている者がいる一方、地域の貧困層は常に水不足の中にあります。そこで、地下水量、水質の問題を行政的にどうとり扱うべきか、国内外の先進的事例があればご示唆願いたい。

(答1 村上教授)大変難しい問題であるが、健全な水循環の考え方が大切と考えています。水循環の中で地下水をどう位置づけ、そこに高度処理水をどう加えていくか。地下水を資源としてどう位置づけるかでもあるが、一方、地下水は環境要素の一つという認識も定着しており、地下水規制に関する論拠ともなっています。地下水の権利は、法的にはアメリカでも地主にあるとされているが、処理水が加えられた場合などを含め本格的な議論はこれからとなっています。

(答2 山本教授)バンクラデシュでは農業用水の地下水くみ上げが問題となっています。タイでは、地盤沈下・塩水化で工業用水のくみ上げは原則禁止されています。私の意見としては、地下水は安全な水として貧しい人達にとっておくべきです。付加価値を生む産業ではお金を掛けてでも処理装置を産業側にやらせれば良い。その時に、今のMBRではまだ高いが、次世代のMBRを使い安いコストで良好な水質やエネルギー回収を図ることができれば、お互いにウイン−ウインの関係を構築するトータルな水供給システムを作り上げることになります。

(意見 フロアー)日本の水行政は6省庁がバラバラで省庁間のフリクションを是正する必要があります。国際的には、日本では優れた技術がありながら海外に移転できない面があります。特に、日本の膜は世界一で、世界で使用されるRO膜の60%、MFUF膜の40%が日本製であるが、システムでは全く活躍していないのが現状です。システムで出て行こうとすると、大きなビジネスでは外務省も係わりあってきます。自民党の中川昭一先生とは「水の安全保障会議」を内閣府直轄で設けて新しい取組みをすべきと議論しているところですが、詳しくは611付け下水道新聞で特集しており参考にして下さい。

 

(まとめ 司会)論点1の膜処理技術(MBR)は特別な技術かという点ですが、すでに、一般的な技術として評価でき、建設費、維持管理費を含め他の技術に比べ遜色のない段階にきているといえるでしょう。論点2の日本は水不足かという観点ですが、長崎のように地域によっては水不足が深刻なところもあり、今後、水不足が解消されるというよりは、むしろ食料自給率の向上等によって逼迫していく方向ではないかと考えられます。論点3の.膜処理水はどのようにリサイクルするのかですが、MBRを適用すればリサイクルの範囲が飛躍的に拡大していくと考えられます。最後に、集中と分散の話ですが、この問題は、水の循環利用という大きな視点から、下水道だけでなく全体の循環をどのように考えていくのかということに帰着するのではないかと考えます。