バイオガソリンの不思議
 

地球規模の温暖化を防止するため、温暖化原因ガスである二酸化炭素の人為的排出を削減すべく様々な施策が進行中だ。

人為的地球温暖化の理論には根本的に疑問が残っている。それには「人為的地球温暖化危機説への諸疑問」をご覧いただきたいのだが、この理論が正しいとしても、最近の動きには疑問を呈するものが少なくない。それはバイオガソリンの普及の動きだ。 バイオの力によりエタノールを生産し(バイオエタノール)、それをガソリン代替燃料とするから、自動車の「バイオエタノール燃料」が正確だが、ここでは それをガソリンに添加した「バイオガソリン」の名で議論する。

ガソリンにエタノールを混合すれば、@稀少な化石燃料の消費が少しでも削減でき、Aそのエタノールは植物から生産されるので、全体として再生可能な循環エネルギーの活用になるし、B二酸化炭素の収支もその分増加しない、とする三つのことを目的とする動きのようだ。

@ABともに表面的には正しいように見える。しかし、深く詮索してみれば、各々意外な落とし穴があり、そうはうまくいかない、というのが私の考えだ。

まずは、Aの植物からエタノールを生産する際の問題
生産に要するエネルギー、すなわち原料植物の生育・収穫とエタノールへの転換、それと原料、生産物の輸送の各エネルギー (設備製作のイニシャルエネルギーも含む)の総和が産出されるエタノールが代替するガソリンのエネルギーを超えてしまっては無意味だし、プラスだとしてもごくわずかでは徒労となる(バイオガソリンデビューへの新聞記事にも同様の批判)※1。専門的にはEnergy Profit Ratio (EPR、出力エネルギー/入力エネルギー)が1以下では意味がない。発電のEPRの比較の数値があるが、自然エネルギーの風力、太陽光などの発電は1〜4程度 でしかなく、原子力発電が最高で17となっている。 前者は運転エネルギーは少ないが、初期設備の建設に要するエネルギーが大きく、それらを加えた入力エネルギーは比較的小さな出力エネルギーに迫るものとなってしまう。

今回のバイオガソリン添加のエタノール原料のサトウキビあるいはトウモロコシは、お酒のアルコールの原料としても最適で、おのおのがラム、バーボンの原料として実績がある。これらのお酒だったら高く売れるし、税収の元ともなるので、産業としては成立するが、リッター数十円 (税抜き額)のガソリンの代替とするのは経済的にペイしない。お酒は人間の生存に不可欠とは言えないが、原料のサトウキビ、トウモロコシは食料でもあり、畜産飼料としても重要だ。折角、食料となるものをわざわざ分解してガソリン代替の液体燃料にしてしまうのはモノの生産の合理的手法とは言えない。※2

米国、ブラジル、あるいは欧州(菜種油→ディーゼル燃料)の農産物輸出国あるいは農業保護国がこのバイオ燃料を推進していることから、農産物需給をタイトにして価格を押し上げる (価格を保持する)意図が見え見えだ。価格が上がると、低開発国での飢餓が拡大するのは当然だ(これらのことも新聞記事にあり)。

これらの批判はわかりやすいが、いずれも一面からの見方という欠点がある。ここは根本的に考える必要があるが、それには以下のよい方法がある。

すべてはエネルギーの元となる広義の「燃料」だ。ただ、(いまは)単なる熱エネルギーを生むだけの石炭などの燃料から、 自動車内燃機関の燃料として回転エネルギーに転換できる軽油、ガソリン、人間の体のエネルギーとなる食料まで「燃料」特性が様々で、後者になるほど代替が少ない高級なものと言える。食料あるいはガソリンを燃やして熱を得ることができるが、逆に (いまは)石炭で自動車は走らないし、石炭を食料にはできないという、利用不可逆性で説明できないか (※2の説明)。

もう一つは、価格が安いかどうかを判断基準とするものだ。価格が高いということは、どこかで資源を浪費した結果が価格に跳ね返っている。市場経済は資源の適正配分を知らず知らずのうちに果たすという。 市場価格を安くする市場メカニズムに従っていれば、省資源が全体として達成されるというものだ(※1の説明)。
現にバイオガソリンへのエタノール添加加工後のETBE(3%混合)はフランスからの輸入で、添加後のバイオガソリンは通常のガソリンより高くなる。同一価格にしないと売れないので、補助金が必要だ。この項の原則に従えば、少なくとも、それが安くなるまで(または、ガソリンが高くなるまで)、このバイオガソリンを普及させるべきではない。

この部分の結論としては、化石資源より生産されるガソリンなどを今まで同様、輸送機器用燃料として利用するのが(著しく高騰するという価格からのシグナルがない)当面は一番合理的なようだ。石油は採掘、輸送において、液体 の利点で、油井を含めたパイプラインあるいは大量海上輸送(マンモスタンカー)が利用でき、前記EPRが 大きくなるという、現在は最適燃料なのだということを再確認したい。(すなわち、二酸化炭素排出減の方策は別途考えるべきだ)

@の化石燃料はいずれ枯渇するからいまから節約を、
の論にもおかしなところがある。石油資源は年々新規に埋蔵が確認され、残存埋蔵量は単調増加している。可採年数もそのたびに延長されているので、当面枯渇しないとの楽観論もある。原油の価格が上昇すれば、いままでは経済的に不可能だったところまで採掘が進むので、この楽観論の根拠ともなっている。

可採年数の期間中(すなわち枯渇するまで)、ずっと同じ価格で推移し、その期間が終了するとき枯渇するということはあり得ない。需給関係がタイトとなるに従い高騰し、その結果消費量は減少する。代替エネルギー(新エネルギー)の開発がペイしてくるので、そちらへ徐々に転換するのである。その転換も、石油資源の数多い使い道のうち、他に代替を求めるのが困難なものは、高価格でも残っていく だろう。それが、この自動車用(航空機も含めれば輸送機器用)ガソリン(と軽油、航空燃料)と石油化学原料としてのナフサであろう。後者は有機化学合成の唯一とも言える原料なのでもちろんだが、前者 については輸送機器の特性が、燃料をペイロード(運搬対象)以外に積んで走らなければならないから、重量あたりの出力エネルギー(オクタン価)が高い燃料でなければならない からだ。これら代替困難な消費が残り、他の用途、単に熱エネルギーを得るだけの家庭用暖房灯油、工場などのボイラー用重油、また、発電用の重油などは全面的に原子力発電に移行していくのであろう。

Bの二酸化炭素収支で、化石燃料由来の新規参入だけを問題にしているが、
地上に存在する炭素源を、その循環過程で分解・二酸化炭素に戻るまえに、もっと有効利用する有機材料(原料)の考えはないのだろうか?

モノを構成する炭素源は最後は廃棄物になる。一般家庭からの一般廃棄物、産業廃棄物のうち建築廃材、食品産業廃棄物、また、前述の農産物の食用部分以外からの農業廃棄物などである。 廃棄されるものを再び使用する(reuse)、材料として再利用する(recycle)、以上が不可能であれば、燃やして熱源とする(thermal recycle)かすれば、二酸化炭素に戻る前に再び循環過程に戻せる。
もちろん、廃棄物対策の基本であるreduce(廃棄物を出さない、すなわちものを作らない)が大切であることは当然だ。 以上、頭文字がいずれもRなので3Rと言っているが、日本はこの3Rが得意だ。この廃棄物対策が最大の温暖化対策になることを世界に向けて発信していくことこそ肝心だと思う。

この意味で、廃天ぷら油 を処理して軽油の代替とするのは合理的だ。不純物を除去するだけだから、そう手間はかからない。再利用しなければ、燃やすか、埋立てられるか、あるいは水域に放流され水質汚濁物質となるかだ。いずれもがその炭素分は、いずれ、二酸化炭素になり、無駄に循環される結果となる。 もちろん、無駄な輸送エネルギーを消費しないために、地域循環とする必要がある。

2007年6月記 望月倫也