2012年3月21日
                  放射線に関する主要な事実

                                             路次安憲

 福島第一原発事故以降、世間では放射線(放射能)に関して、ほんの少し(低線量)であっても怖いのだとの情報が満ち溢れているように感じる。このままだと、事故で多少なりとも放射線を浴びた(かも知れない)と心配している方々を余計に苦しめることになってしまうが、本当にそうなのだろうか?
 そこで、さまざまな書籍や資料を調べてみると、「低線量被曝は何も怖がることはないのだ」との根拠を示したものも多くみられるので、世界的に合意が得られていると思われるものに限って主なものを列挙してみることとする。

1.基本事項

「放射線」とは、我々のDNAを傷つける可能性のあるx線、γ線(電磁放射線)、α線、β線(粒子放射線)等をいう。たとえばラジウムは「放射」線を出す「能」力を持っているが、 この性質・能力を「放射能」という。ラジウム本体は放射性物質と呼ばれているが、最近ではそれも含めて「放射能」と呼ばれることも多い。

「放射能」の強さはベクレル(Bq)という単位で表されるが、放射性物質の量(重量)が多いほど強く、同じ量ならば半減期(放射能の強さが初めの強さの半分に減るまでの時間)が短い方が強い。
例えば、ラジウム226(半減期1600年)の1gとセシウム137(半減期30年)の11mgの放射能の強さは同じである。
ヨウ素131(半減期8日)は、わずか0.081mgでラジウム1gの放射能に相当するが、半減期が短いために、福島事故で放出されたものは現在は実質0となっている。最近ヨウ素の報道がほとんどないのはそのような理由による。

放射線によって人体がどれだけ影響を受けるかは放射線の種類や量によって異なるため、それらを加味した統一的な単位として「シーベルト(Sv)」が用いられる。現実にはミリシーベルト(mSv、Svの1/1000)、あるいはマイクロシーベルト(μSv,Svの1/100万)が有用。

2.放射線による人体への影響

一度に大量の放射線を浴びると健康に重大な影響を及ぼすが(1,000mSv程度で悪心、嘔吐が始まり、7、000〜10,000mSvが致死量)、200mSv以下では臨床的な影響は見いだされていない。
ただし、将来癌になる(癌で死亡する)可能性は指摘されており、ICRP(国際放射線防護委員会)では100mSvで癌の発生確率が0.5%増加するとしている。
これは、現在日本人の癌による死亡率(死因の中の癌の割合)は約30%なので、1,000人が100mSv浴びた場合には将来癌が原因で死亡する人が、300人から305人に増加することを意味する。

ただ、癌による死亡は、喫煙、食生活(塩分過多、野菜不足等)、ストレス等さまざまなものが要因とされており、0.5%というのは都道府県別癌死亡の割合の差に吸収されてしまう程度の値である。10mSvの場合の「0.05%上昇」は完全に誤差の範囲である。

(注)ICRPは放射線防護の観点から「直線仮説」を採用しており、どのような低線量被曝でも癌になる確率は0ではないとの立場なので、10mSvでは100mSvの1/10すなわち0.05%ということになる。
但し、最近ではこの直線仮説に異論を唱える学者が増えている(つまり低線量ではしきい値があるとの説)。

上記は1度に(急激に)それだけの量を浴びた場合であり、ゆっくりと、例えば1年間で100mSv浴びた場合には、人間には痛められたDNAを修復する遺伝子があるため、影響は小さくなる。
ICRPは保守的に見積もってこの割合を2(影響は1/2)としている(年間で100mSvの場合の癌発生・死亡確率が0.25%増加と読み替えられる)。

3.自然放射線による被曝

宇宙も地球も放射能の塊であり、人類も太古から四六時中放射線を浴びてきている(遺伝的に次第に放射線に強い生き物となってきているそうだ)。
自然放射線量は地域によって異なっており、日本国内では、関東はローム層が地中からの放射線を遮蔽していることから低く(最低の神奈川県で0.81mSv/年)、関西はおおむね高い(最高の岐阜県で1.19mSv/年)。
もちろん、県内でも地域によってさまざまで、私が住む神戸市は六甲山に花崗岩が多いため放射線は高いと言われている。温泉地は当然ながらもっと高い。
(福島原発事故による放射線の影響を恐れて関東から関西に移住した人も多いようだが、かえって被曝量が増えているとの笑えぬ話もあるようだ)

世界には中国広東(3.0)、ブラジルのガラパリ(10.0)、インドのケララ(17.0)(単位はいずれもmSv/年)などという高い地域もあり、詳細な疫学調査が行われているが、住民に健康被害は見られないとのことである。

上空へ行けば空気層による宇宙線の遮蔽効果が薄まるので、例えば東京〜ニューヨークを往復すると0.2mSvの被曝増加となる。年間50回飛ぶパイロットやキャビンアテンンダントだと我々よりも10mSv程度余計に被曝していることになる。

*宇宙ステーションの場合での被曝線量は極端に高く、1日で約1mSvとなる。宇宙飛行士のうち長期滞在者は宇宙ステーションに5〜6ケ月間滞在しているとのことなので約150〜180mSvも浴びることになるが、誰も異常は見つかっていない。

なお、「自然」ではないが、医療による被曝で大きいものはCTスキャンで1回当たり6.9mSvである。

4.その他
人間自身も放射性物質である。生命活動を維持する上で不可欠なカリウムには、カリウム40という放射性物質があるためで、その他炭素14などを含めて体重60kgの人でおよそ7,000Bqである。

食品中にもカリウム40が含まれているので(人間は食事を通してカリウムを補給している)、食品はことごとく放射性物質である。
昨年暮れに、乳児向け粉ミルク「明治ステップ」から、1キログラム当たり最高で30.8Bqの放射性セシウムが検出され、メーカーの明治が、対象の40万缶の無償交換を始めたというニュースがあった。セシウムは当然福島原発事故の影響であるから大騒ぎとなったわけだが、放射線量でいえば粉ミルクには通常カリウム40による200Bq/kgが含まれている。

同じような話は世田谷の民家で30mSv/年という高い放射線量が観測されて大騒ぎになったニュースでも言える。ラジウムが入った瓶が原因だったのだが、その瓶は住人が50年以上前に引っ越してきた時よりも前からずっとそこにあったらしい。

自然放射線と人工放射線では影響が異なるなどととんでもないことを言う人もいるが、完全な間違いで差は無い。また、放射線による遺伝的影響もない(原爆被爆者はいわれなき差別に苦しめられてきたが、その原爆被爆者の継続的な疫学調査で遺伝的な影響はないことがわかっている)。

「ラドン温泉」に見られる健康快復結果などから、低線量の放射線被曝はかえって健康に良いとの学説(放射線ホルミシス効果という)も非常に多くなってきているが、まだ学会の主流とはなっていないようである。疫学調査を含めたさらなる研究が望まれる。

最近の関西テレビのニュース番組「アンカー」で、岩手県へ出向いたキャスターが瓦礫の放射線量を測定して、「梅田の地下街よりも少ないです」と発言していたのを鮮明に覚えている(数値は聞き漏らしたが)。そういうものだと思う。
政府などはよく「ごく微量」「健康に影響ない程度」と説明するが、「あなたが毎日出しているごみの放射線量と同じです(それよりも少ないです)」の方がよほど効果があると思われる。

要は、無益な放射線被曝はできるだけ避けるのが好ましいが、年間10mSvや20mSv被曝はまったく心配するに当たらないということで、くよくよと心配することのほうがよほど身体に悪いと言えるのだろう。


                                             −以上−