横浜市最大の雨水幹線
                           2013/02            会員  山下 博      
1. はじめに
 横浜市北部方面において、画期的な方法で治水安全度を高めた新羽末広幹線は、横浜市最大の雨水幹線であり、構想あるいは計画段階で関係機関協議を頻繁に行いその中で、国のバックアップを得ながら、実施に到ったものである。新羽末広幹線は鶴見川と切っても切れない関係にある。そこで鶴見川の総合治水対策と新羽末広幹線との関係を示しながら、その幹線の概要を述べていきたい。

2. 鶴見川流域総合治水対策

 中下流で洪水の頻発する鶴見川は、上流に町田市、中下流に川崎市と、横浜市の北部6行政区を流域とし、東京湾へ注ぐ流域面積235k㎡・幹線流域延長42.5kmの一級河川である。昭和40年代後半からの流域開発により(昭和40年の市街化率20%、昭和61年75%)洪水流出量の増大により中下流流域では常に水害の危険に脅かされていた。こうした状況下で従来タイプの治水施設の整備だけでは流域開発に対応できず、早期に治水安全度を向上させることが困難であった。そこで昭和51年に鶴見川流域水防災計画委員会の設置以降、河川審議会中間答申をうけ昭和52年に全国に先駆けて総合的な治水対策を実施する事になった。さらに昭和55年5月の建設事務次官通達を受け昭和56年4月に「鶴見川流域整備計画」により流域と河川が一体になって総合治水対策を推進することになった。一方流域開発は止まず昭和61年度時点で流域整備計画が想定した市街化率は75%に達している。こうしたことから、昭和62年11月に鶴見川流域総合治水対策協議会からの諮問を受け、都市雨水処理計画を検討する専門部会が発足した。この部会が現在の河川・下水道・流域の整備の在り方を具体的に示した部会であり、議論の柱は流域基本高水に対する考え方、低地地域における治水安全度に対する考え方と整備計画、そして本題である都市雨水の排水に直接関わる部局である河川と下水道の計画に対する総合的な整備計画であり、関係機関の議論の末新しい施策の目標や具体的な対策について結論を得た。このことにより平成元年に「新鶴見川流域整備計画」が策定された。この専門部会は、学識経験者の玉井信行東大教授(座長)、松尾友矩教授を迎え、当時の建設省河川局河川計画課、都市河川室、都市局下水道部公共下水道課、土木研究所、関東地方建設局、京浜工事事務所の委員、そして流域自治体の河川、下水道を所管する計画部門の方々が、従来の河川・下水道のテリトリーを越えた都市雨水処理の計画の有り様を徹底議論したことによりこの成果を生み出したものである。当時の委員は下水道側では、建設省公共下水道課からは専門官の亀田泰武さん、石川忠男さん、土研下水道研究室からは竹石和夫さん、川崎市下水道局からは岡部三郎さんの方々である。横浜市の委員は計画課長の長澤毅さんで、計画係長は山下である。一方河川の委員は本省では山田俊郎さん、藤井友竝さん、関東地建では青山俊行さん、京浜工事では藤井(再掲)渡辺義信さんなど、我が国の河川界をリードしてきた方々である。

3.鶴見川総合治水対策の抱えていた課題
 前述したように、昭和56年に策定された流域整備計画では昭和61年に市街化率を75%超えており、この時点でおおむね10年後には工事実施基本計画で想定している市街化率80%を上回る開発が予測された。また、下水道については、保水、遊水、低地地域に区分する中、低地地域の下水道ポンプ場の整備が工事実施基本計画である221㎥/secを超えて建設されており、更にこの時点では流域各都市の下水道計画ではさらに増加し、合計で356㎥/secとなる計画をもっていた。こうした状況下で流域の開発とポンプ場の整備により、工事実施基本計画に沿う洪水処理を行うために、新たな流出抑制対策ないし洪水処理対策が必要になっていた。このように、鶴見川の総合治水対策の中での大きな課題は計画流量の増大が挙げられるが、それ以外にも保水機能保全の立ち遅れ、遊水地域での盛土の進行があり課題となっており、とりわけ下水道事業者にとって最大の課題は、ポンプ運転調整の頻度の増加であった。

4.低地地域の整備計画

 低地地域の望ましい整備水準を設定するに当たり、外水と内水による被害形態の違いや、河川計画と下水道計画との調整を勘案し、全国の低地河川の整備水準が1/30~1/50の治水安全度であることや本川の整備水準である1/150降雨に対して最大でも床下浸水程度に抑えられることなどから低地地域の整備水準を1/40とした。
 低地地域の整備としては、ポンプ排水と貯留施設による下水道の将来計画と河川の貯留施設および流域の貯留施設との調整を図ることとした。
 横浜市・川崎市とも下水道の計画は、おおむね50mm/hrの治水安全度まではポンプ排水とし、さらに貯留施設と合わせて1/10の治水安全度の整備を行うこととしている。将来的には、下水道の貯留施設を超える湛水量に対しては概ね1/30の治水安全度までの整備を河川の貯留施設、流域対策と下水道の合流改善等の貯留施設の活用によって1/40の治水安全度の整備を行うこととした。ここでの合流改善施設の利用は川崎市の施設も含めたもので、量と質対応を合わせ持つ下水道サイドの大ヒットである。
 具体的には、総合治水(長期)計画での流域基本高水は2910㎥/secとし、このうち低地地域(内水地域)についての流域基本高水が780㎥/secであり、この内訳は河川への排水440㎥/sec、貯留施設対応110万㎥(220㎥/sec)、低地地域湛水量60万㎥(120㎥/sec)としている。このうち下水道ポンプ場排水の220㎥/secについては河川排水とし、ほぼ同量の220㎥/secについては、貯留施設対応とし貯留量110万㎥の内、下水道で1/10対応施設として40万㎥の貯留を行うこととし河川・流域・下水道対応で70万㎥とした。

5.大規模雨水貯留管の着手

 先に述べてきたように、自然排水区域には概ね5年確率を対象とした施設整備を進め、ポンプ排水区は1/10の施設整備を進め、このメインとなる雨水貯留管等の整備に着手したのである。具体的には港北区の一部、神奈川区の大部分を受け持つ小机千若雨水幹線(港北区小机~神奈川区千若町神奈川処理場)と緑区の一部、平成5年度港北区と鶴見区の大部分を流域とする新羽末広幹線(港北区新羽~鶴見区末広町北部第二処理場)の整備に入った。
 小机千若雨水幹線は 口径3500~8500mm 延長約 11Km 貯留量 26万㎥ 総事業費360億円 期間10年であり、新羽末広幹線は全体計画で 口径3000~8500mm 延長20km 貯留量41万㎥ 総事業費約1000億円 で下流部分は着手後ほぼ10年間で完成し、上流を含めるとほぼ20年間の期間がかかった。なお、新羽末広幹線は流域のポンプ場をすべて枝線で連結しており、ポンプ場の運転調整を可能としている。各ポンプ場と連結するため、70mを超える横浜市最大の大深度の幹線である。大口径、大深度な工事であり固結シルト層での凍結工法など困難を極めたが、トンネル工学の最先端技術の粋を尽くし、無事完成に至った。

6.ポンプ場の運転調整
 下水道事業者にとって、大きな事業費をもって整備したポンプ場を河川の洪水時に下流域の被害を考え運転調整することの判断は重大かつ難儀この上ないことである。運転調整は流域市民の理解はもとより、河川管理者、関連自治体との連携が必須である。     鶴見川での市街地率は85%を超えており、人口密度は8000人/㎢であり、流域ほとんどが密集市街地であり、万一の破堤や越水が生じた場合は大規模な浸水被害が予想される。これを避けるには河川水位を下げる必要があるため、運転調整は必要なことである。
このことを実施するために小机千若雨水幹線、新羽末広幹線、その他の雨水調整池のハードとしての役割は重大であり、専門部会の議論を経て、鶴見川中流部の運転調整とグレードアップのため小机千若雨水幹線で5万㎥、下流部の新羽末広幹線で41万㎥また、川向、新羽調整池で8万㎥とし49万㎥で運転調整に対応することとした。
運転調整の大きな課題は市民への広報である。災害時、災害が予想されるとき下水道関係職員や区役所職員などの力に頼っているが、広報車の音声の限界、役所・自治会によるマンパワーの不足など広範囲に正確な情報を市民に知ってもらうためにはまだまだインフラが完成していない状態であり、大変気がかりなところである。一番気をもんできた具体的な運転調整のありようについては、現在では各都市の検討も進んでいるが、中部地整庄内川河川事務所、名古屋市上下水道局のHPにある運転調整基準が丁寧な説明で分かりやすい。

7.おわりに
 鶴見川においては、現在河川、下水、流域が一体になった総合治水対策がいち早く進み防災調整池も3000基設置されるなど鶴見川流域の治水安全度は向上してきている。しかし、都市施設が高度化している鶴見川流域では、いまだ十分な安全度に達しているとは言えない。平成16年に河川管理者、下水道管理者および地方自治体が一体になって浸水被害の対策を講じることとなり、鶴見川においては、全国で初めて特定都市河川および特定都市河川流域の指定を受け、さらに流域での連携を強化することとし効率的な浸水被害対策を実施していくこととなっている。現在は平成19年3月に「鶴見川流域水害対策計画」ができ、水害に強い街(流域)づくりを目指して事業が進んでいる。
 このように治水安全度向上のために、河川・下水道・流域の三者が一体となって協調しスクラムを組んで事業をすすめてきており、はや40年という年月が経過してきている。この間、三者連携を代表するような事例である横浜市最大の雨水幹線、新羽末広幹線の事業が、「鶴見川流域整備計画」により実施されてきた。「河川は自然公物、下水道は人工公物」という観点を踏まえつつ、河川と下水道の事業に携わる方々がお互いのテリトリーを超えて鶴見川の治水安全度の向上のために徹底議論し、計画を立ち上げ、事業化してきたことを忘れてはならないと思う。関係者各位に深甚なる謝意を表したい。