活性汚泥生物観察の思い出
                              2016/06            岡村 智則      
 私が勤務していた東京都下水道局では、月に2回活性汚泥中の微生物の検鏡を行っています。反応タンクの維持管理のため、活性汚泥を顕微鏡で観て原生動物(体が一つの細胞でできている生物)や後生動物(複数の細胞でできている生物)の数を種類別に数えること、及びフロックや糸状菌など活性汚泥の状態を調べるものです。
 初めて活性汚泥生物の検鏡に従事したのは、新規採用職員として昭和49年砂町処理場に配属された時でした。大学の卒業論文でバクテリアを相手にしていたこともあり、顕微鏡の扱いには慣れていましたが、活性汚泥を相手にするのは初めてのことで、先輩からレクチャーを受けました。

 先輩は、代表的な生物を探して私に見せ、名前と特徴を教えてくれました。次に、私に生物の種類と数を数えさせ、自分で数えた結果と比較して「概ね同じ、合格。」と、褒めてくれました。「合格。」と言われて嬉しくなり、時間があるときは活性汚泥を観て生物名を覚えたものです。正に、山本五十六の教え方でした。
 生物の名前を調べる方法は、下水試験法などのイラストを見るか、名前が分からない虫の絵を描いて先輩に聞くというやり方でした。プランクトンや原生動物の図鑑を買ったり、写真を撮ったりして少しずつ覚えたものです。下水試験法などに描かれているイラストは、毛の生え方や口の位置、形、核の形状等が分かるように書かれているのですが、イラスト通りには見えません。イラストは生物のある一面を示していて、ピントを調節しないと見えないものまで描かれています。横向きだったりすると悩ましく、生物の同定(名前を確認すること)には写真撮影が役に立ちました。当時の水質試験室には暗室があって自分で顕微鏡写真を現像することができました。特に悩ましかったのは、Lacrymariaという繊毛虫で、この生物は体が伸び縮みをするのですが、イラストには伸びた姿と提灯のように横皺を生じて縮んだ姿が描かれているだけで、伸縮することは分かりません。和名を調べたところ、「ロクロクビゾウリムシ」とあり、妙に納得したものです。

 辛かったことは、三河島処理場に勤務した時、水処理系列が3系統あり、1回に3検体を観るようになった時です。通常、0.05mLのサンプルを観察するのですが、1検体を40分位で観てしまわないと、サンプルの水分が蒸発して乾いてしまうためゆっくり観ていられません。プレパラートを早く動かすと平衡感覚がおかしくなるのか気持ち悪くなります。3検体目は、ため息をつきながら時々遠くを見たりして何とか終わらせ、少し休憩が必要でした。対策として、少し精度は落ちますが、全視野ではなく半分を観るようにすることで検鏡時間の短縮を図りました。生物計数用のスライドグラスには1mm間隔で線が刻まれており、カバーグラスがかかっている部分を1行おきに観るようにしたのです。このことで時間に余裕ができ、珍しい生物がいたときにも図鑑等で確認しながら観ることができました。また、1検体目と2検体目の間と2検体目と3検体目の間で少し休憩することであまり気持ち悪くならずにできるようになりました。
 生物を見始めたころは、生物数が多いと処理水質は良好だと教わりました。しかし、本当にそうなのか疑問に思っていました。そこで、生物数と運転状況、水質との関係を調べてみたところ、処理水質と生物数との相関性は低く、生物数が多いときは反応タンクの負荷が高いときであることが示唆されました。生物は適度なエサがあれば増殖し、エサがなくなると数は減少していきます。このため生物数と反応タンクの流入負荷との相関が認められたものと考えられます。処理水質との相関性が低かった理由は、処理水のBODが低く、精々3~5mg/L、CODも10mg/L位の所に集中していて、変化の少ない、いわゆるダンゴ状態となっていたためと考えています。調べていていくつか面白いことが分かりました。一例をあげると、処理水のアンモニア性窒素濃度とpHが低いときに出現する生物がいて、代表的なものはColeps(タルガタゾウリムシ)とSpirostomum(ネジレクチミズケムシ)でした。これらは硝化の指標生物と考えて良いと思っています。

 生物の同定は、最近ではデジタルカメラの普及と画像処理技術の向上によりインターネット上に写真や動画が載るようになり、より分かりやすく調べることができるようになりました。また、近年、活性汚泥生物のエサとなるバクテリアについてもどんな菌がどれくらいいるかという研究報告がみられるようになってきました。技術のレベルアップにより活性汚泥の生物に関する新たな知見が得られ、下水処理に役立つようになるものと期待しています。
 私が活性汚泥中の生物を観ていたのは主に昭和50年台ですが、当時の下水処理はBODとSSの処理に主眼が置かれていました。やがて窒素、りんの処理のため硝化促進運転や嫌気・好気法が主流となってきました。流入下水の水温も10℃位高くなってきています。
 昔とは生物相が変わってきた感があります。殻を持った生物、例えば原生動物のアメーバ類ではArcella(ナベカムリ)を大型にして刺をはやしたCentropyxis(トゲフセツボカムリ)や繊毛虫類ではChaetospira、また、後生動物ではPhilodina(ベニヒルガタワムシ)やLepadella(ウサギワムシ)等のワムシ類のように大型の生物が多くみられるようになりました。硝化促進のため高MLSSでSRTも長い運転をするようになったことにより活性汚泥が入れ替わるまでの日数が長くなり、殻が出来上がるまで活性汚泥の中にいることができるようになったと考えています。ワムシやクマムシも卵から成虫になるまで活性汚泥の中に留まることができ、出会う機会が増えたのでしょう。
 特にクマムシは、昭和の頃は珍しく、見つけると仲間を呼んで見せたりしたものです。最近イベントで顕微鏡観察のお手伝いをすることがあり、小学生にクマムシを見せると喜んでくれます。私は、何もクマムシだけが水処理をしているわけではない、主役はバクテリアだと思っています。クマムシだけが下水をきれいにしていると受け取られることには説明者として抵抗があります。それでも「クマムシを含め微生物が下水をきれいにしている」ということを理解してもらうため、思いの一部にフタをしてクマムシを探して見せています。